東京高等裁判所 昭和35年(ラ)18号 決定 1960年4月19日
抗告人 株式会社東洋製作所 代表者 藤元章雄
訴訟代理人 兼子一 外一名
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人等は、「原決定を取り消す。仮処分債務者株式会社金子商店を賃貸人とし、仮処分債務者株式会社内藤商店を賃借人として、別紙物件目録記載の建物と有体動産について、昭和三十四年三月一日締結された賃料一ケ年金百二十万円、存続期間昭和三十四年三月一日から昭和三十七年二月末日まで満三年とする賃貸借契約を解除する。右仮処分債務者両名が右物件についてなした仙台法務局気仙沼支局昭和三十四年三月二十七日受付第九〇六号賃借権設定登記は抹消する。」との裁判を求め、その理由として、抗告代理人兼子一は別紙「抗告理由書その一」記載のとおり、抗告代理人寺崎万吉は別紙「抗告理由書その二」記載のとおり、右抗告代理人両名は「補充抗告理由書」記載のとおり、それぞれ主張した。
本件記録によると、次の事実を認めることができる。抗告人は昭和三十三年一月十六日株式会社金子商店との間に、抗告人が同会社に対して有する機械工事残代金債権金壱千百三十五万円を割賦弁済による消費貸借に改めるとともに、その担保として同会社所有の別紙物件目録記載の建物並びに機械器具(以下本件物件という)について工場抵当法第三条所定の抵当権を設定することなどを定めた準消費貸借並びに抵当権設定契約を締結し、同年七月四日その仮登記を経由した。右会社は右債務のうち一部の弁済をなし、残債務は金七百三十八万一千四百八十円となつたところ、昭和三十三年十二月二十九日右残額を債権額とし、弁済期昭和三十六年三月末日、利息日歩三銭、利息支払期毎月末日、月賦支払を二回以上怠つたときは期限の利益を失い、期限後は日歩八銭の遅延損害金を支払うことと定め、昭和三十四年一月十九日前記仮登記について、その本登記を経由した。その後、同会社は約定の割賦支払を怠つたため、昭和三十四年四月末日限り期限の利益を失い、その時の元本の残額七百十四万九千六百九十円とこれに対する同年五月一日から完済まで日歩八銭の割合の約定遅延損害金を即時抗告人に支払わなければならないこととなつた。これより先、昭和三十二年六月十二日同会社は中小企業金融公庫のために、本件物件とその敷地に抵当権を設定して右公庫から金壱千万円を借り受け、翌十三日右抵当権設定登記を経由し、また昭和三十二年九月三十日商工組合中央金庫のために融資契約により債権極度額を金八十万円とする根抵当権を本件物件に設定し、同年十月十四日その旨の登記を経由したところ、同会社は事業の経営が思わしくなく右債務の支払をすることができなかつたので、右公庫は右貸金残債権七百六十七万円の弁済を得るため、本件物件を上記土地について昭和三十四年五月十八日抵当権実行による競売の申立を仙台地方裁判所気仙沼支部になし、同日右不動産競売手続開始決定がなされた。ところが、右会社は昭和三十四年三月一日株式会社内藤商店に対して本件物件と上記土地を賃料一ケ年金百二十万円、存続期間同日から昭和三十七年二月末日まで満三年と定めて賃貸し、仙台法務局気仙沼支局昭和三十四年三月二十七日受付第九〇六号を以て右賃借権設定登記を経由し、且つその頃右内藤商店は金子商店から右賃借物件の引渡を受けてそれ以来これを占有使用してきた。そこで、仙台地方裁判所気仙沼支部は上記競売不動産は賃貸借があるものとして競売手続を進め、本件物件の最低競売価額を金一千四十八万三千円、上記土地の最低競売価額を金四百三十六万一千七百二十円と定めて、競売及び競落期日を公告した後、昭和三十四年十月九日午前十時執行吏によつて第一回の競売期日が開かれたけれども、競買の申出をするものがなく、後記のようにまだ競売手続が進行中で、本件物件の最低競売価額は数次に亘り低減せられ、抗告人の債権は右競落代金によつては完全には弁済が受けられない情況にある。抗告人は仙台地方裁判所気仙沼支部に右金子商店と内藤商店の両会社を被告として、民法第三九五条但書に基いて上記賃貸借の解除と賃借権設定登記の抹消を求める本案訴訟を提起したが、右事件は昭和三十四年七月十五日東京地方裁判所に移送する旨の決定がなされた結果、東京地方裁判所昭和三十四年(ワ)第六一三七号事件として係属中であるが抗告人は、本案訴訟の判決確定までに本件物件が賃借権付のままで競落されてしまうときは後順位抵当権者である抗告人は著しい損害を蒙ることが明らかであるから、上記賃貸借の解除と賃借権設定登記の抹消を求めるため、本件仮処分の申請をした。
原決定は、「いわゆる債権者の満足を目的とする仮処分は、その保全措置として、仮処分の内容が、本案請求の内容と同一の状態を実現せしめることをその目的とするものであるから、このような仮処分が許されるためには、まず仮処分命令をもつて、本案請求の内容と同一の状態を実現せしめることが、法律上可能な場合であることをその前提要件とするものである。本件仮処分の本案訴訟はいわゆる実体法上の形成訴訟であるところ、実体法上の形成訴訟の目的としている形成力は、形成の訴における形成判決によつてのみこれを賦与することができるものであり、特別の規定がない限り形成の効果も、その確定によつて生ずると解するをの相当とする。債権者(抗告人)の提起した本案訴訟が実体法上の形成訴訟であること明らかな本件では、これに附随する派生的な法律効果を定めるものであるならばとに角、右形成訴訟における形成判決の効力として始めて与えられる形成効そのものを、仮処分によつて実現することは許されないと解する外はないから、結局短期賃貸借の解除を、本件仮処分によつて、債務者等に命ずることはできない。また賃借権設定登記の抹消を求める本件仮処分申請については、登記義務者に対する請求は、意思の陳述を求める請求として、その執行について、民事訴訟法は、第七三六条に、その判決の確定をもつて、意思の陳述があつたものと着倣しているのであるから、その判決の確定前において、仮処分命令をもつて、判決の確定した場合と全く同一の状態を実現せしめることは、同条及び不動産登記法第二七条に照し、法律上不可能というべきであるから、この点についての債権者の主張も失当である。」として、抗告人の本件仮処分申請を却下したものである。
しかし、保全される権利が勝訴判決の確定によつてのみ実現される本件の抵当権による賃貸借の解除請求権のようなものであつても、その一事で仮処分請求権を否定すべきではなく、将来における原告勝訴の確定判決をまつていては、原告に本来の実益をもたらすことなく、反つて判決確定までの間に著しい損害を蒙らせるような場合には、権利の実現を妨げる現在の危険を除去又は防止するためには、本案訴訟の判決確定前に暫定的に当該権利又は法律関係の内容に沿う状態を仮りに形成し、権利者に仮の満足を与えなければならない。もちろん仮処分命令の内容は権利保全の必要限度内にとどめなければならないけれども、仮の地位を定める仮処分にあつては、その避けようとする危険の性質上、権利者に仮の満足を与えることが、保全の必要を充す最善の手段となるのであるから、この種の仮処分にあつては、現在の危険の除去又は防止によつて権利又は法律関係の保全を期するための法律的手段として、右のような措置が民事訴訟法上認められているのである。従つて保全の必要性がある限りは、本案訴訟がいわゆる実体法上の形成訴訟であつても給付訴訟または確認訴訟の場合と同じように、暫定的に債権者の仮の満足を目的とする仮処分は許容せらるるものである。それが確定的に債権者の満足を図るものであれば、原決定のいうように、形成訴訟を本案とする場合には、形成の効果は、形成判決によつてだけ賦与することができるもので、仮処分によつてこれを実現することは許されないと解するのは妥当であるが、抗告人の求めている本件仮処分は右のようなものではなく、上記のように暫定的に仮の地位の形成をすることを目的とするものであるから、原決定の見解はとることはできない。このことは、株式会社の取締役選任決議取消等を本案とする形成訴訟において、取締役の職務執行停止、代行者選任の仮処分が現行商法第二七〇条の規定が新に設けられる以前から、判例として一般に認められてきたことによつても明らかなところである。
本件仮処分事件の本案訴訟は、東京地方裁判所昭和三十四年(ワ)第六一三七号事件として現に係属中であることは、上記認定のとおりであつて、本件記録によると、右本案訴訟事件は、昭和三十四年十一月四日口頭弁論が終結せられ、判決言渡期日が同月二十七日午前十時と指定せられたが、右言渡期日は延期せられ、言渡期日は追つて指定されることとなつたまま、まだその指定がなされない状態にあることが認められる。そして、抗告人が、たとえ、右本案訴訟の第一審で勝訴の判決を受けると仮定しても、訴訟の経過からみて、相手方である株式会社内藤商店等は控訴、上告を提起して抗告人の右請求を争うであろうし、従つて判決の確定までには相当長期間を要するであろうことは、当裁判所に明らかなことであつて、抗告人も本件仮処分申請書の申請の理由中で自認しているところである。他方、抗告人の抵当権に先き立つ抵当権者である中小企業金融公庫の申立に基いて開始された本件物件に対する上記認定の競売事件は、昭和三十四年十月九日午前十時の第一回の競売期日には競買の申出をするものがなかつたため、裁判所は同年十二月二十四日午前十時を第二回目の競売期日と定めたが、右期日にも競買の申出がなく、第三回目の競売期日は昭和三十五年二月二十五日午前十時と定められたけれども、右期日にも競買の申出がなかつたので、裁判所は更に第四回目の競売期日を同年三月二十四日午前十時と定め、右期日にも前回同様競買の申出をするものがなくて、近く第五回目の新競売期日が指定されようとしていることは、本件記録により明らかである。右認定の事実に徴して考えてみると、上記競売事件は早晩競落許可決定が言い渡され、仮りにこれに対して利害関係人から即時抗告がなされるとしても、抗告事件の審理期間は一般に訴訟事件のそれに比べて短いことは、当裁判所に顕著な事実である。しかも、抗告裁判所の決定に対する抗告は憲法違背を理由とするときにのみ許されているのであり特別の事情についてなんの主張立証もないから、本件仮処分の本案訴訟についての控訴審の判決の基本となる最終口頭弁論期日以前に遅くとも右競売手続が終結するとみるのを相当とする。してみると、抗告人が本件物件に対して有している抵当権は、右競落によつて消滅に帰するわけであるから、この一事によつて抗告人は本件仮処分の本案訴訟事件では敗訴の判決言渡を受けるものといわなければならない。
抗告人は、競落によつて抗告人の抵当権が消滅し、本案訴訟の請求がそのままの形では維持できないこととなつても、抗告人としては本案訴訟で仮処分に基いて相手方の賃借権は存在しなくなつたことの確認を求めるように、請求の趣旨を変更すれば足りる旨主張するけれども、仮処分によつて生ずる法律上の効果は、本案判決確定に至るまでの暫定的仮定的なもので、確定的のものではないので、裁判所が本案について判決をするに当つては、仮処分によつて生じた効果を考慮すべきものではないから、抗告人が本案訴訟で、仮処分により相手方の賃借権が消滅したことを主張し、請求の趣旨を訂正して右賃借権の不存在の確認を求めても、抗告人勝訴の判決を受ける望みはないから、抗告人の右主張は採用できない。もつとも、このように解すると、抗告人の権利は侵害されながらもこれを保護する保全的の手段がなにもないことになるが、抗告人はもともと先順位の抵当権のあることを承知した上別紙物件目録記載の建物と有体動産について工場抵当法第三条による抵当権の設定を受けたのであるから、賃借権の設定されているままで先順位の抵当権が実行されることをも予想し得たし、少くとも予想し得なければならない関係にあつて、その抵当権の実行を阻止し得ないのはもちろん、賃借権の設定されたままでの抵当権の実行をも甘受しなければならないものといわざるを得ない。この場合、もしその賃借権の設定が抗告人の抵当権を害するものであれば、損害賠償の請求をなす外、後記のように、本案訴訟を予定しない特別の仮処分を認めないわが国では道がないといわなければならない。
もともと、保全処分は、これによつて保全しようとする権利又は法律関係が、まだ確定しない間になされる応急的な措置であるから、将来右の権利又は法律関係が、本案訴訟で終局的に確定され、必要且つ可能な場合には、これに基く強制執行がなされることを前提として初めて認められている従属的のものであつて、本案訴訟を前提としない、保全処分は、仮登記仮処分又は仮登録仮処分のように、特別に法が認めているものの外は認められないといわなければならない。従つて、仮処分申請人が申請当時にはまだ実体法上の権利を有していても、右権利は早晩消滅して本案訴訟で敗訴判決を受けるであろうことが十分に予想される場合には、結局においては保全請求権を有しないものと解するのを相当とする。ところが、上記認定のとおり抗告人は本件仮処分の本案訴訟で、少くとも控訴審では、敗訴の判決を受けることが十分予想されるのであるから、本件仮処分はその他の点について審理するまでもなく、理由がないとして排斥を免れない。従つて、当裁判所と理由を異にするけれども、抗告人の本件仮処分申請を却下した原決定は、結局相当であるから、本件抗告は理由がないものとしてこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させ、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 土肥原光圀)
(別紙物件目録は省略する。)
抗告理由書(その一)
一、本件抗告に至つた事情
抗告人は相手方である株式会社金子商店から、その所有にかかる本件建物に第二順位の抵当権の設定を受け昭和三四年一月一九日その登記を了したが、昭和三四年三月二七日に至り右金子商店は他の相手方である株式会社内藤商店に対して、これについて短期賃借権を設定して、その登記を了した。その後同年五月一八日に第一順位の抵当権者が本件建物について競売申立をし、現在その手続が進行中である。抗告人は右内藤商店の賃借権の存在によつて本件建物の競売価額が減少し、損害を受けるので被抗告人両名に対して民法第三九五条に基く賃貸借の解除並に登記抹消等の訴を提起して目下第一審に係属中である。しかし、前記の競売手続が進行して、競落になつてしまうと抗告人の抵当権は消滅し本訴の訴の利益も失うことになるから、抗告人は前記賃借権の設定による損害を何人にも帰し得なくなる。しかも本訴の第一審で勝訴しても、賃貸借の登記抹消請求は意思の陳述を求める給付請求であるところから仮執行も不可能であるため、競売手続の締結前に賃貸借のないものとして、本件建物が競売されるようにすることは到底望み得ない実情である。そこで抗告人としては仮処分によつて、その利益を保全する以外に手段がないので本件申請をしたわけであるが、原審において申請を全面的に却下されたので抗告に及んだ次第である。
二、民法第三九五条の法意
本来は抵当権設定登記後に抵当権者に対抗できる権利の設定は認められない筈であるが、抵当権は通常長期信用の担保として被担保債権の弁済期は相当先にあり、その間目的物の所有者はその使用収益を許されるので、その一方法として他に賃貸する場合民法第六〇二条の短期賃貸借ならば抵当権者に実害を与える危険が少いので特に抵当権者に対抗できるものとし、この反面抵当権の実行の時機が間近く抵当物件の競売価額に影響するような場合には、抵当権者はその解除を請求できるものとして、利害の調整を計つたものである。このような同条の趣旨からすれば、抵当権者が賃貸借の存在によつて目的物の競売価額が減少しているのに拘わらず、競売が進行し、自己の権利の消滅するまで傍観させられ泣寝入りしなければならないような事態は夢想さえされないところというべきである。したがつてまず筋として何等かの方法でかかる事態の生じることを防止することこそ、手続法とくに仮処分の使命でなければならない。例えば意思の陳述を命じる判決に仮執行の許されない関係上、債権者のこの種の権利の保全のために正に適当な仮処分が許されてしかるべきであるといわれる所以である(シユタイン・ヨナス、ドイツ民訴註釈一八版二巻八九四条一四参照)。原決定がこの点に何等考慮を払わずに本件申請を全面的に排斥したことは、仮処分制度の目的を没却するものといわざるを得ない。
三、形成訴訟と仮処分
原決定が本件申請を排斥した理由の一つは要するに形成判決の確定をまつて生ずべき法律効果を事前に仮処分によつて求めることは許されないという点にある。しかし、形成請求について、いわゆる断行仮処分が許されないとすることは独断である。断行仮処分または満足的仮処分は、仮の地位を定める仮処分の一種として、紛争の解決まで猶予したのでは著しい危険があり或は回復できない損害を生じ、将来の解決を実質上無意義にするおそれのある場合で、本案によつて求める法律状態を仮に実現する以外の方法では救済としては間に合わない場合に許されるものであつて、その必要性は給付請求であると、形成請求であるとによつて差異はないのである。もとより身分関係のような特に劃一的安定性の要求される関係についてはそのもの自体を仮処分で設定することは許されないのは当然であるが(例えば仮に離婚を許すとか、仮に親子とするというような仮処分)その他の法律関係特に財産権上の法律関係については、これを拒むべき理由は存しない。なんとなれば仮の地位を定める仮処分はすべて既に何らかの点で法律状態の形成を目的とするものであつて、如何なる法律状態を形成するかは、その現実の必要性如何によつて定むべき問題だからである。勿論本案訴訟によつて求め得べきところがその最大限であるが、その必要性のある限りそれまで達することが可能である。取締役選任決議の取消訴訟を本案とする取締役の職務執行停止並びに代行者選任の仮処分(商法第二七〇条)も形成訴訟を本案とし、しかも殊んど断行に近い結果を形成するものである。ただこの種の仮処分による形成は、本案訴訟の目的を失わしめず又その結果如何によつては原状回復又は損害賠償等の問題を残す点では、あくまで仮の地位を定めるという性格を失うものではない。原決定が、本件申請の必要性の有無並びに他に適当な方法の存否を検討することなく、一概に本案が形成訴訟であるとの理由でこれを排斥し去つたことは不当である。
四、登記抹消の仮処分
本件申請は、賃貸借の削除と共にその登記の抹消を求めているが、後者は本案訴訟においていわゆる意思の陳述の請求としてこれを命じる判決の確定によつてのみ執行の結果をもたらすものであるところから(民訴第七三六条)、仮執行宣言を付与することによつて、確定前に執行することのできない点で、仮処分で同一の結果を生じさせられるかが一応問題となるであろう。しかしこのことは既存の実体法上の意思表示義務の本執行の方法としての技術上要求されるだけで、仮の地位を定める仮処分として同様な法律効果を発生させることの妨げとはならない(前掲シユタイン・ヨナス参照)。一般に意思表示があつたのと同一の効果を最初から形成することも可能であるし(例えば本人自らする財産管理人の選任の意思表示と同一の効果は裁判所の選任で直接代えられる)、又仮処分の裁判は即時に効力を生じるから、相手方に義務を命じた場合も直ちに広義の執行力を生じ、不動産登記法上も、これに対抗できる裁判として利用できるものと解すべきである。したがつて本件申請に係る仮処分にはこの点からの懸念も存しない。
五、結論
以上のように本件申請に対しては、申請人の窮状を救済するため何らかの仮処分が与えらるべきであり、又申請内容には原決定のいうような法律的な難点は存しない。しかし申請人としては、断行仮処分としての申請内容を固執するものではなく、もし申立の実質的目的を達するのに、断行まで至らなくとも適切な方法が存在するならば、その程度で満足するものである。即ち、競売手続において相手方の賃借権の存在が競売価額に影響せず、申請人の損害に帰しないことが法律上及び事実上保障されるならば充分である。例えば「相手方はその賃借権をもつて、申請人の抵当権を消滅させる競売手続の競落人に対抗できないものと定める」というような仮処分も、競売の売却条件として取上げられ、且つ競落の際にはその賃貸借の登記が民訴法第七〇〇条第一項第二号によつて職権抹消されることの取扱が保障される限りは一応目的を達するものと考えられる。如何なる方法が適切であるかは、御庁の御判断にお任せする次第である。
抗告理由書(その二)
一、原決定は、(1) 「本件仮処分は、この形成判決の効力として与えられる形成力そのものを、仮処分申請の段階においてうることを目的とする」との前提に立つて、(2) 「債権者のすでに提起した本案訴訟が、前記のような実体法上の形成訴訟であること明らかな本件では、これに附随する派生的な法律効果を定めるものであるならばとに角、右形成訴訟における形成判決の効力として始めて与えられる形成効そのものを、仮処分によつて実現することは許されないと解する」との決定理由にもとずいて、(3) 「結局短期賃貸借の解除を、本件仮処分によつて、債務者等に命ずることはできないといわざるをえない。」と結論している。しかし原決定の右(1) の前提は、抗告人申立の本件仮処分の趣旨を誤解し、また右(2) の理由は、民事訴訟法第七六〇条の仮処分の本質を理解していないものであつて、この点からだけでも、原決定は到底その取消を免れない。
二、仮の地位を定める仮処分の本質については、本訴訟代理人としては、すでに原審提出の準備書面中において、特に係争物に関する仮処分と対比しながら、相当詳細に述べたつもりであるから、ぜひ同準備書面をも併わせご一読を願うことにして、以下では、できるだけ同準備書面との重複を避けながら、若干補足することとする。抗告人は、本件仮処分申請によつて、形成判決の効力として与えられる形成力と同一の状態を実現せしめることを目的として、その申請に及んだ、ことは間違いないが、決して原決定がいつているように、形成判決の効力として与えられる形成効そのものを、仮処分の段階においてうることを目的として、その申請に及んだのでは、絶対にない。なんとなれば、形成判決の形成力は、本案判決の確定によつてのみその効力を生じ、一度形成力を生じたときには、訴訟当事者はもちろん訴訟外の第三者に対してもその効力を及ぼし、再審の訴による以外にその効力を覆滅できない、という性質を持つところ、本件申請が全面的に認容されて抗告人申請どおりの仮処分命令が発せられその執行が完了された場合にも、抗告人はこれによつて仮定的暫定的履行状態を享受できるだけで、抗告人が被抗告人両名に対してすでに提起している短期賃貸借の解除とその登記の抹消を求める本案訴訟は、これによつて少しも影響を受けることなく、従つてその被保全権利の存否については、控訴審上告審においても、本件仮処分の執行がなされたか否かはこれを全く顧慮することなく、その審理判決がなさるべきであり、そしてその結果、もし抗告人の敗訴判決が確定(もちろん実際上は起りえないが)したならば、仮処分発令前の状態に復帰しなければならぬが、もしそれ以前に競落許可決定が確定したため右旧状復帰ができないときには、抗告人をしてその損害の賠償義務を負担せしめることとなり、またもし抗告人の勝訴判決が確定したならば、さきに仮処分によつて形成された仮定的暫定的履行状態が、このときから法律上適法な履行と確定する、といわねばならないからである。(このことは仮執行の宣言ある判決の執行によつて、債権者が判決の確定した場合と同一の満足をえても法律上はあくまで仮定的暫定的履行状態にすぎなく、これによりその債権の消長にはなんらの影響を及ぼすことなく、控訴又は上告裁判所は当該債権の存否を審理判決すべきであり、以下仮処分の場合につき前述したところと同様の経過を辿るものである、のと全く同一である。)
三、右に述べたとおり、本件仮処分の効果は、あくまで本案訴訟における判決の確定にかかつているのであり、ここに保全処分の要件である仮定的浮動的性格を具備しているものであつて、本案判決の確定によつてえられる賃貸借の解除という形成効果とは、全くその法律上の性質を異にするものであることは、いうまでもない。もちろん、すべての仮処分は、ある意味における形成効を伴わなければならない、ことは、仮処分の本質から来る当然の結果であるが、その場合における形成効果と、確定形成判決から生ずる形成効果とは、法律上は全く別箇のものであつて、もし原決定のいうような理由が成り立つとすれば、仮の地位を定める仮処分の全部は、本案判決確定前に形成力をうることを目的としているとの理由で、却下されねばならないこととなる。要するに、原決定は、本件仮処分は形成判決の効力として与えられる形成力そのものをうることを目的とする、との誤つた前提の下に、「形成訴訟における形成判決の効力として与えられる形成効そのものを仮処分によつて実現することは許されない」との理由(この理由部分だけを切離すときは、抗告人が上述したところとなんら矛盾しない当然の事理を述べたこととなるが)にもとずいて、抗告人の本件仮処分申請を却下したものであつて、これは、前述のとおり、本件仮処分の趣旨を誤解し、また民事訴訟法第七六〇条の仮処分の本質を理解していないものであつて、到底その取消を免れないと信ずる。
四、思うに、原決定が、仮の地位を定める仮処分により生ずる形成効果と、確定形成判決により生ずる形成効果とを、彼此混同して、前記一(2) で引用した理由を述べているのは、仮処分理論について、「債権者の満足を目的とする仮処分は、その保全措置として、仮処分の内容が、本案請求の内容と同一の状態を実現せしめることをその目的とするものであるから、このような仮処分(ここまでは原決定理由中の記載を原文のまま引用した)は許されない。」という理論を主張する学説の立場を、原決定自らその冒頭部分で明白に否定する説明を与えておきながらも、事実上では右学説の理論上の影響を完全に脱却できなかつた、ためによるとしか、考えられない。そこで本抗告代理人としては、原決定が前記一(2) で引用した決定理由を述べている真実の意図は、「債権者のすでに提起した本案訴訟が、前記のような実体法上の形成訴訟であること明らかな本件では、これに附随する派生的な法律効果を定めるものであるならばとに角、右形成訴訟における形成判決の効力として始めて与えられる形成効と同一の状態を、仮処分によつて実現することは許されないと解する」という決定理由(以下これを修正された原決定理由と呼ぶことにする。)を述べようとしたものである、と解釈して、以下抗告理由の陳述を続けることとする。
五、抗告人がすでに提起した本案訴訟が、被抗告人両名間の短期賃貸借の解除を求めている実体法上の形成訴訟であることならびに、本件仮処分が、右形成訴訟の確定判決の効力として与えられる形成効と同一の状態の実現を目的として、被抗告人両名間の短期賃貸借の解除を求めようとしており、決して右解除に附随する派生的な法律効果の保全を求めようとしているものではない、ことは、まさに修正された原決定理由が、正当に指摘しているとおりである。しかし抗告人が、このような仮処分を申請するにいたつた理由は、後述(八)するように、前記本案訴訟の判決確定前に、同訴訟の訴訟物である抗告人に民法第三九五条が認めている実体法上の権利が、完全に消滅してしまうことによつて、償うことができない損害を蒙る危険が迫つており、しかもこの危険を除去防止するための仮処分として、修正された原決定理由がいうような解除に附随する派生的な法律効果を定めることによつては、到底その危険を除去防止することはできないので、このような場合には、民事訴訟法第七六〇条によつて賃貸借の解除という本案判決の内容と同一の状態の実現を目的とする仮処分が、法律上も可能であり、かつそれが許容されねばならない、との理由から、本件仮処分の申請となつたものである。
六、しかるに、修正された原決定理由は、前述したように、形成訴訟における形成判決の効力として始めて与えられる形成効と同一の状態を、仮処分によつて実現することは許されない、との理由で、本件仮処分申請を却下しているのであるが、抗告人のこれに対する反論としては、取締役解任請求という本案訴訟における形成判決の効力として始めて与えられる形成効と同一の状態を、職務執行停止代行者選任の仮処分によつて実現することを許されている理由を、修正された原決定理由では到底説明できない、ということを指摘するだけで、十分である。この職務執行停止代行者選任の仮処分(以下単に職務執行停止の仮処分という)が、形成判決を本案訴訟とするにかかわらず、形成判決の形成効果と同一の状態の実現が、右仮処分によつて許されるのは、商法第二七〇条の特別規定があることによるので、本件仮処分の場合は、このような特別規定がないから許されない、といつて、修正された原決定理由を維持することはできない。なんとなれば、商法の同条の規定が設けられない前からも職務執行停止の仮処分が判例上認められていた(大審院判決昭和六、二、三、民集一〇巻三九頁等)し、同様の規定のない法人の理事寺院の住職に対して解任訴訟が提起された場合にも、その必要があれば職務執行停止の仮処分が許される(菊井村松両氏共著仮差押仮処分三一六頁)からである。さらにまた、この職務執行停止の仮処分によつて実現される効果は、取締役の職務執行の一時停止という効果にすぎなく、解任という効果にまでは及ばないので、将来職務執行がなしうる地位を回復できるものであるから、解任という効果に附随する派生的な法律効果を定めたにすぎない、のに反して、本件仮処分の目的は、形成判決の効果である賃貸借の解除と同一の状態の実現をうることにあるから、といつて、修正された原決定理由を維持することもできない。なんとなれば、(i) 職務執行停止の仮処分は、なるほど本案判決の主文で使用される解任という文字を使用していなく、これと異る職務の一時執行停止という言葉を使用していることは、そのとおりであるが、職務の執行ができなくなつてしまうことを除外しては、解任の効果は無内容になつてしまわねばならぬものであり、この職務の執行ができなくなるということが、解任の形成判決が確定した場合における本質的効果そのものであり、決して解任の効果に附随する派生的な法律効果ではないのであり、(ii) また職務執行の一時停止という表現方法が、後日職務執行の可能性を再び回復できるかのような印象を与えているけれども、現実には、本案訴訟の判決確定前に取締役の任期が満了(後述わが国の訴訟の事情からは任期の満了前に本案訴訟が確定することは、現実には不可能である。)したり、裁判所によつて選任された職務代行者が招集した株主総会が職務執行停止中の取締役を解任できる(大審院昭和八、六、三〇日民集一二巻一七一頁)から、将来職務執行をなし得べき地位を回復できるといつても、ただ観念的な可能性(観念的な可能性だけで足りるならば、本件仮処分によつて賃貸借が一時解除されても、その後競落許可決定確定前に被抗告人両名に対して提起中の本案訴訟が抗告人の敗訴に確定することも、観念的には不可能でなく、被抗告人等としては、仮処分の失効によつて賃貸借を復活させることも、観念的には十分可能である。)に止まり、現実の問題としては、絶対に不可能となり、申請人にとつては、本案訴訟で勝訴判決が確定して解任の形成効が生じた場合と同一の法律効果を享受できるのであり、(iii ) さらにまた別の見地から見て、職務執行停止の仮処分では、取締役の解任までを命じなくとも、取締役職務執行の一時停止と代行者選任を命ずるだけで、本案訴訟の判決の確定が遅れることで生ずる一切の損害と危険を除去防止することが達せられるから、これ以上に進んで取締役の解任までを仮処分中で命ずることは、明らかに現在の危険の除去と防止の必要を超えることとなるから許されない、のに反して、本件仮処分では、後述(七)のとおり、解除そのものを命じないでは、現在の危険の除去と防止の目的が絶対に達せられない、という見方も成立つし、(iv) また職務執行停止の仮処分を受ける取締役にとつては、言葉の上では解任という語が使用されていないが、以後の職務執行が、法律上と事実上の両面にまたがつて、できなくなり、前述任期到来などの事情によつて、本案判決が確定して解任の形成効を生じたのと同一の犠牲を強いられる、のに対して、本件仮処分を受ける被抗告人等は、その命令書中に本案判決の場合と同じ表現で賃貸借の解除という言葉が使用されているけれども、右解除の効果が生ずるのは、法律上観念的に生ずるだけであつて、事実上には、被抗告人株式会社内藤商店の仮処分目的物件についての占有は、従来どおり続けることができる(おそらく、仮処分目的物件の競落人から、同物件の占有者である右被抗告人に対する引渡請求の本訴が確定して、その執行が終わるころには、賃貸借の終期昭和三七年二月末日が到来しているであろう。しかしだからといつて、本件仮処分がその実益を持たない、とはいえない。なんとなれば、仮処分を以つて、たとえ法律上観念的であるにせよ、賃貸借の解除が命ぜられたときは、その結果競落価額の上昇がなされ、それだけ抗告人の蒙る損害額は減少されるからである。)ものであるからであつて、右に述べた四箇の理由の内、いずれの一つをとつても、職務執行停止の仮処分は、形成判決の定める形成効に附随する派生的な法律効果を定めるものであつて、本件仮処分は形成判決の形成効と同一の状態の実現を目的とする、といつて修正された原決定を維持することはできない。今日では、学説判例ともに、職務執行停止の仮処分が、確定本案判決が定める形成効と同一の状態を実現することを目的とする仮処分である、とすることに、ほとんど一致している。
七、次に、修正された原決定理由は、前述のとおり、本仮処分が、解除そのものを求めないで、解除に附随する派生的な法律効果を求めるのであれば、それが許容される余地があるような口吻を述べているので、この点を反論する。本抗告代理人の見解では、このような派生的な法律効果を定めることによつて、民法第三九五条が抗告人に与えている権利を、絶対に保全できない。もし、このような方法によつて抗告人の右権利を保全できる手段があるのであれば、原決定としては、どんな派生的な法律効果を定めることによつて抗告人の権利が保全できるかを具体的に明示してから、かかる方法によつて抗告人が主張する権利の保全ができるのに、これによらないで直接賃貸借の解除を求めるのは、仮処分の要件である保全の必要性を超える、との理由で、却下すべきであつたのにかかわらず、修正された原決定理由は、形成判決に附随する派生的な法律効果を定めるならばとに角、といつた抽象論を述べるだけで、具体的にいかなる法律効果を定めることができるかを、なんら説明していないが、このことは、抗告人にとつて、賃貸借の解除そのものを求めないで、解除に附随する派生的な効果(たとえば目的物件の現状不変更とか賃借権の譲渡禁止)を定めることによつては、民法第三九五条が抗告人に与えている権利を、絶対に保全できない、という抗告人の主張を暗黙に認めたこととなる。
八、原決定は、本件仮処分の必要性については、その理由中でなんらふれておらないので、申し遅れたが、右必要性についての抗告人の主張を、要約して述べると、もし、抗告人に与えられている民法第三九五条の権利の保全につき、適切な仮処分をえられない状態の下に、一審抵当権者が申立てた仙台地方裁判所気仙沼支部昭和三四年(ケ)第六号不動産競売事件の競売手続(同手続における第二回競売期日である昭和三四年一二月二四日にも競落人が現われなかつたため、近く最低競売価額につき二度目の減額をして、第三回競売期日の指定が行われようとしておる。)が進行して競落になつてしまえば、二番抵当権者である抗告人は、競落代金により完全に弁済を受けられないで、その抵当権も消滅に帰し、民法第三九五条にもとずいて提起した本案訴訟も棄却される結果となり、しかもその損失を何人にも求償できないことに終わる危険が生じている、というのであつて、この仮処分の必要性についての抗告人主張は、原審提出の書証によつて、十分に疏明ができている。そしてこの危険を除去防止するためには、前記七で述べたとおり、解除に附随する派生的な法律効果を定めることによつては、絶対に不可能であるから、単なる現状維持を超えて、抗告人主張どおりの賃貸借の解除という法律上の地位を定める仮処分が、許容されなければならない、のであつて、このことは、家屋に対する被申請人の占有を解いて申請人の占有に移すことを命ずる仮処分が単なる明渡請求権執行保全のためであるならば、保全の必要を超えるものとして、これを許容できないけれども、もしその実現の遅きに失するため著しい損害を除去防止するためには、保全の必要あるものとして、これが許容されなければならない、のと全く同じである。
九、結局これと反対の見解に立つ修正された原決定理由は、民事訴訟法第七六〇条の仮処分は、形成訴訟を本案訴訟とする場合には、許されない、とする主張であつて、右仮処分の本質を理解していないものであり、到底その取消を免れない。
一〇、次に抗告人は、本件仮処分申請において、被抗告人両名に対して、賃貸借の登記の抹消を求めているのであるが、これを申請した理由は、折角前述した賃貸借の解除が実現しても、その抹消登記が行われないこととなつては、執行処分が不能に帰した保全命令と同様、解除の実益の半分が達せられないこととなるからである。(商法第二七〇条が、第一項の規定を受けて、第三項の規定を設けているのも、同様の理由による。)この登記の抹消を求める申立に対して、原決定は、民事訴訟法第七三六条と不動産登記法第二七条の存在を理由として、仮処分命令で、このような登記の抹消を命ずることは、法律上不可能である、として、右申立を却下したのであるが、この点についても、抗告人は、反対の見解を持つ。原決定が指摘しているとおり、本件仮処分において、抗告人が被抗告人等に対して、登記の抹消を求めているのは、意思表示の陳述を求める請求であり、また、意思表示の陳述である登記の抹消を命じた判決が確定したときには、民事訴訟法第七三六条及び不動産登記法第二七条によつて、登記の抹消がなされる、こというまでもないが、この両規定は、意思表示陳述義務を命じた本案判決が確定した場合に、間接強制のような迂遠な執行方法を省略させるために、設けられた本案判決の執行方法を定めた規定であつて、この両規定を根拠として、原決定のいうように、仮処分で意思表示の陳述を命ずることができるか否か、また命ぜられた場合の不動産登記法上の可能不可能を、論ずるのは、不当である。
一一、仮処分は、ことにその中には民事訴訟法第七六〇条の仮処分も含まれていることによつて、その保全せらるべき本案請求権と保全目的の多種多様性の故に、その保全方法ならびに執行方法も多種多様とならざるをえないから、仮差押のようにあらかじめその手段を定型化できないので、民事訴訟法第七五八条第一項は、「裁判所ハ其意見ヲ以テ申立ノ目的を達スル処分ヲ定ム」と定めて、裁判所の自由裁量(もちろん保全の目的を達するに必要なる範囲内においてのみ、という限界はあるが)に委せている。従つて右第一項につづく第二項及び第三項の両規定は、第一項にいう「必要ナル処分」を例示したにすぎなく、決してこれを限定する意味を持たない、と解釈すべきである。そして、右第二項にいう「行為」は、単なる事実上の行為のみでなく、意思表示を含む法律上の行為をも包含するものであることは、同項のいう「行為ヲ命シ若クハ禁シ」る処分として、係争物に関する仮処分においては、法律上の処分行為も禁ずることができるのを見ても、いうまでもなく、かくて、本件仮処分において、被抗告人等に登記の抹消を命ずることも、同項にいう「相手方ニ行為ヲ命シ」る場合として、法律上可能というべきである。
一二、ただ同条第三項は、同条第二項によつて「相手方ニ行為ヲ……禁シ」た場合における禁止登記の登記簿記入を規定して、「相手方ニ行為ヲ命シ」た場合における登記簿記入については規定していないが、これは右第三項が、仮処分の通常の場合である係争物に関する仮処分(この場合には相手方に目的物の現状維持を命ずるだけで、十分に権利保全の目的を達成できる。)の場合を予想して、禁止登記の登記簿記入が同条第一項にいう「必要ナル処分」に入ることを注意的に示したことによるだけで、これ以上に、「相手方ニ行為ヲ命シ」た場合の登記簿記入ができないことまで、示しているのではない、と解釈しなければならぬことは、前述のとおり、同条第二及び第三項がいずれも同条第一項にいう「必要ナル処分」の例示的規定にすぎないし、また後述する不動産登記法の各規定が設けられていることから、当然であると信ずる。すなわち、不動産登記法の第一三四条第一三二条及び第一四六条を併わせ読むときは、「所有権以外ノ権利ノ変更ノ登記」は、「之ヲ命スル裁判」(民事訴訟法第七五八条第二項によつて相手方に登記の抹消を命ずる仮処分が、権利ノ変更ヲ命スル裁判、に包含される。)「ニ依リテ自己ノ権利ヲ証スル者」(抗告人)より、申請書に、被抗告人等に「対抗スルコトヲ得ヘキ裁判ノ謄本(仮処分命令謄本)ヲ添附」して、「之ヲ申請スルコトヲ得」るというべきである。本抗告代理人が、右において、権利の消滅を、不動産登記法第一三四条にいう「権利の変更」の概念中に包含させているのは、同条を不当に拡張した解釈であるとの批難は、同条が「所有権以外ノ権利」の「処分ノ制限」だけについてその登記方法を規定しているにかかわらず、これを拡張して、「所有権ノ処分ノ制限」(係争物に関する仮処分命令による処分の制限を命ずる場合)を登記するにも同条が根拠条文とされている現状からいつても、当らない批難である。以上述べたとおり、本件仮処分で登記の抹消を求めることは、民事訴訟法第七五八条第二項によつて、法律上に可能であり、また不動産登記法第一三四条第一三二条及び第一四六条によつて、登記技術的にも可能である。
一三、しかるに、原決定は、右各法条の存在を無視して、仮処分命令をもつて、登記の抹消を命ずることは、前述のとおり本案判決の執行方法を規定した民事訴訟法第七三六条及び不動産登記法第二七条の存在を理由に、許容できない、と述べているのであるが、もしかかる立論の方法が許されるとすれば、家屋の占有の移転を命ずる断行の仮処分命令や金銭の支払を命ずる仮処分の執行も、執行について根拠法令を欠くとの理由で、いずれも強制執行は許されないこととならねばならない。すなわち、民事訴訟法第七五六条が準用している仮差押についての同法第七四八条は、「強制執行ニ関スル規定」の全部を準用していなく、同法第七五〇条以下の制限を設けて、権利の終局的満足を与える規定の準用を除外しており、他にこれを与えることを許容した規定は、どこにもない、からである。かくて同法第七六〇条が「仮ノ地位」を認めて、同法第七五八条第二項により相手方に家屋の引渡または金銭の支払の断行を命じたときには、「強制執行ニ関スル規定」の準用はできなくても、それを類推することによつて、いづれも最終的満足が強制実現されねばならない。この見地から、民事訴訟法第七六〇条の仮処分が、同法第七五八条第二項によつて相手方に登記の抹消を命じている場合において、いまかりに、前述不動産登記法第一三四条第一三二条及び第一四六条の各規定を欠き、またはこれら規定の解釈に関する本抗告代理人の前述見解が間違つている、と仮定しても、同法第七五八条第三項を類推して、登記簿に登記の抹消が記入できる、といわねばならない。
一四、原決定が、登記の抹消を求める請求が、意思表示を求める請求であるから、前述の理由で許されない、と判示しているのとは、多少その趣を異にしているけれども、本抗告代理人に対して、原審裁判官は、口頭で、登記の抹消を求める請求は、本案判決においても、意思表示を求める請求として、仮執行の宣言を附することはできないから仮執行の許されない以上、仮処分も許されない、と解しなければならぬ。とのご見解を示されたことがあるので、万一貴裁判所において、右ご見解と同様な理由から、登記の抹消を求める部分の請求を却下されることを懸念する本抗告代理人は、原決定では判示されていないところであるが、この点につき反論することにしたい。原審裁判官の右ご見解は、仮執行と仮処分の両制度が共に、本案判決の確定前であるにかかわらず、一定の条件があるときは、権利者の利益保護のために、ある種の形成力を認めることからして、それが許容される場合の条件をはじめ、不当な執行が行われた場合の救済方法、その一方法である事前担保の提供という手段、の点などで、幾多の共通点類似点があるのを強調しすぎる結果、仮執行の場合に許される理論が、そのまま仮処分の場合にも適用される、と主張するもので、両制度の設けられるにいたつた目的の相違を考えるときは、このように一律に論ずることは、間違である。いうまでもなく、仮執行は、民事訴訟の理想の一である迅速の理想に奉仕するため、相手方の犠牲において認められた制度であり、そのため後日仮執行が取消されるにいたつたときは、無過失損害賠償責任をもつて原状回復が行われることになるが、このような方法によつても到底現状回復ができないことが頭初から明白となつている場合、すなわち財産権上の請求でない身分権上の請求(民事訴訟法第一九六条第一項)あるいは財産権上の請求であつても意思表示を求める請求(大審院決定昭和一〇、九、二七民集一六三五頁)であるときには、仮執行制度の目的である迅速の理想の犠牲において、仮執行の宣言が許されなくなるのも、やむをえないが、これに対して、仮処分制度は、仮差押制度と共に、右迅速の理想を達成するためではなくて、本案判決の権利が確定する前に、権利又は権利の目的物件が消滅してしまい、権利の実行が不能又は困難に帰するのを防止するため、すなわち実体法上の権利の保全を目的として、設けられている制度であるから、具体的申請があつた場合、その許否を決するのには、右権利保全のために必要であるか又は必要を超えるかの見地に立つて、検討しなければならなく、迅速の理想という目的のため設けられた仮執行の場合に妥当する理論を、無条件で仮処分の場合にも適用することは、絶対に許されない。もちろん、仮処分の執行があつた場合、相手方が争訟意欲を失つてしまい、本案訴訟の進行が促進される結果、迅速の理想が同時に達せられることがありうる、と共に、仮執行が執行がなされた場合、それだけ執行の時期が促進される結果権利保全の目的が同時に達せられることがありうる、という相互作用があることは認めるが、これは制度本来の目的に附随して生ずる副次的結果であつて、決して頭初より期待して生ずる制度本来の結果ではない。かくて、仮執行と仮処分とが、前述したような幾多の共通点を有するにかかわらず、それぞれ異つた目的を達するため設けられた別箇の制度である以上、前者によつて許されない処分が、後者によつて許されてもよく、またその逆が成立つ(すなわち満足的仮処分では、民事訴訟法第七六〇条の要件を厳格に解して、実際上はなかなか許されないが、仮執行では、即時執行の利益と必要の要件を、比較的ゆるやかに解して、実際上もしばしば許されている)てもよい。この見地に立つて、本抗告代理人は、仮執行は意思表示を命ずる判決に附することができないにかかわらず、仮処分をもつて相手方に意思表示を命ずることは、もしこれを命じないで他の手段で申請人の実体法上の権利を保全することが絶対できないことが明白である場合には、民事訴訟法第七五八条第一項にいう「申立ノ目的ヲ達スルニ必要ナル処分」として、これが許容されねばならないのは、同条同項の右処分を例示した同条第二項が「相手方ニ行為(この行為が意思表示を含めた法律行為も包含しなければならぬことについては前記一一で述べた)ヲ命シ」る処分を認めていることからして、当然である、と主張するものであつて、意思表示を命ずる判決に仮執行の宣言を附することはできないから、仮処分によつても同様これを命ずることはできない、といわれた原審裁判官のご見解には、絶対に承服することができない。
一五、最後に、本抗告代理人は、原決定が、その判示している理由で、抗告人の本件仮処分を却下したのは、憲法第三二条の違背である、と主張して、以下その理由を陳述する。憲法第三二条は、何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない、と定めて、その反面現行法は、自力救済を禁じているものである以上、実体法が権利と定めている法律関係の存否について争の生じた場合、その終局的実現は、国家権力の発動としての訴訟的認識とさらに可能なかぎりこの認識(債務名義)にもとずく強制執行に待つ外はない。ところが、かかる訴訟的認識と強制執行の獲得には、いうまでもなく必然的に一定の時間的空間を要するのみでなく、この空間はわが国司法制度における幾多の欠陥によつて、いよいよ拡大せしめられる。かくて権利者又は法律関係の当事者は、その間における当該権利又は法律関係の不安定性浮動性の故に、実体法が認めている権利本来の内容を享有できなくなり、憲法第三二条が認めている裁判を受ける権利が行使できなくなる、という危険にさらされる。仮処分制度が、仮差押制度と共に、こうした危険の除去防止の目的に奉仕することはいうまでもないが、事情次第では、この目的を達成する唯一の、もしくは少くとも有力な手段として、本案訴訟における終局判決の確定前又は時には強制執行前において、仮処分申請人をして、訴訟物たる権利又は法律関係の内容の全部又は一部を実現したと同様な結果すなわち満足を得せしめる仮処分が、学説と判例の協力によつて、ひとり給付訴訟のみでなく形成訴訟にも、広く認められているのは、全く憲法第三二条が定めている権利を、これによつて保障せんがためである。しかるに、実体法上の権利ならびにこれにもとずく本案訴訟による裁判を受くる権利が存在することだけは認めてもよいが、仮処分によつてこの実体法上の権利を保全することは許されない、と主張(原決定の所論もこの主張に帰着する)のは、それがいかに巧みな法律論によつて理由づけされていても、現在のわが訴訟手続の実情を考慮するときは、憲法第三二条の定める国民の基本的権利を拒否することとなる。まつたく、わが民事訴訟の実情の下では、もし当事者の一方が、控訴上告によつて本案判決を争うこととなつた場合には、満三箇年以内で訴訟的解決がえられるなどとは、想像すらできない。他方、民法第三九五条は、抵当権者に対して、満三箇年以内の期間を定めた賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすときは、裁判所にその解除を命ずる判決を求める権利を認めている。抵当権者に認められたこの実体法上の権利が、本案判決の確定によつてだけ与えられ、保全処分によつて権利の保全が許されないとなつては、いまかりに、抗告人の意思に関係なく一番抵当権者の申立によつて競売手続が開始され抗告人が甚大な損害を蒙る危険にさらされているという本件仮処分における前述事情がないと仮定したとしても、本案訴訟の確定前に賃貸借は期間の満了で終了し、抵当権者は、訴の利益を欠くとの理由で敗訴の判決を受くることとなり、現実的には民法第三九五条の裁判を受ける機会が永久に奪われてしまうのは必至である。民法第三九五条は、もちろん、このような結果を期待して、その立法がなされたものではないから、前述わが民事訴訟の実情の下では、民事訴訟法第七六〇条の仮処分の活用によつて、実体法上の権利の保全を図らねばならぬ最も典型的な場合である。まして前述のように抗告人の意思と関係なく開始された競売手続の進行の結果民法第三九五条の権利が失われる危険を防止するためやむなく本件仮処分の申請に及んだ抗告人に対して、原決定が仮処分の申請を却下したのは、同時に、民法第三九五条の定める裁判を求める権利を奪うこととなるのであり、憲法第三二条に違背した決定であること明白である。
補充抗告理由
既に提出した抗告理由書に記載したように、本件仮処分申請の趣旨は、本案訴訟の目的である抵当権に基く短期賃貸借の解除請求についての終局判決の確定に至るまでの間に、競売によつて抗告人の抵当権が消滅することによつて、抗告人が回復できない損害を受ける危険にさらされていることの救済として、賃貸借が解除されるのと同様な状態の形成を求めることにある。ところでかかる仮処分を得たとしても、それが実効を発揮するのは、その間に目的物件の競売が行われる場合であるが、その際には抗告人の抵当権も消滅して本案訴訟による賃貸借の解除請求も維持できなくなる関係にあるため、一見仮処分を許すこと自体が、矛盾であるように感じられるかも知れない。請求権の執行保全のための仮処分はともかくとして、仮の地位を定める仮処分は、他の手段では間に合わない現在の危険損害を避ける緊急の必要性に基いて、応急の法律状態を形成実現すること自体が目的であつて、これについて本案訴訟を要求する所以は、簡易な手続による仮の認定に基いてなされた応急処分が、究極的に是認すべきものであるかどうかを、通常手続の既判力ある判決によつて確定させることにあると考えられる。仮処分によつて定められる仮の地位といつても、一定の法律状態を形成してしまうものであつて、その当時において是認される根拠のあつたものである限りは、その後に予定された本案訴訟がそのままの形では維持し難くなつても、当初から遡つて取消されたり或は原状回復を必要とすることになるわけではない。そこで、本案訴訟としては、むしろその仮の地位がそのまま維持されて差支えないことを確定するような形を採ることが、必要にして充分であるというべきである。例えば、解雇の無効を理由とするいわゆる地位保全の仮処分については、通常本案訴訟の請求としては雇用関係存在確認が択ばれるが、これは現在の法律関係の確認を求めるものであるため、その後に原告が他の事由(例えば定年退職、事業場閉鎖による一斉解雇)によつて、更に解雇されることになると、そのままでは請求棄却を免れない結果となる。しかし、そのために仮処分が当初から根拠を欠くものとして取消されるはずはなく、むしろ原告としては本案訴訟の請求の趣旨を地位保全によつて支払を受けた賃金等を返還する債務の不存在の確認を求めることに改めて維持すればよい。本件仮処分においても、抗告人の損害防止のために賃貸借が解除されたのと同一の状態を定めることが必要であると認められる限りは、これによつて形成された状態は、競売によつて抗告人の抵当権が消滅に帰し、本案訴訟の請求がそのままの形では維持できないこととなつても、仮処分当時において解除請求が容認される根拠があつた以上変更しなければならない理由はなく、むしろ抗告人としては、本案訴訟の方で仮処分に基いて相手方の賃借権は存在しなくなつたことの確認を求めるように、その請求の趣旨を変更すれば足りるものと考える。